(笑い人)“笑い”でつながりが広がる

「どんな人でも、誰よりも優れているものを持っている。自分の弱いところを嘆いて生きるより、優れたものを出す方がいいのは、高齢者も同じ。年間250回の笑いヨガボランティアを続けてきました。ご高齢の方に、笑っていただき、最高の人生を手に入れていただき、送り出したいと考えています」とお話を始めた余西知彦さんの、2020年11月27日のオンラインサロン笑い道のルナ会(定例会)でのお話を紹介します。

 

1.笑うと、身体も心も動くはず

今は4年前まで母がやっていた不動産管理の仕事をしています。

その前は、老人保健施設で11年、計13年間介護現場で働きました。大学では福祉を学びましたが、人と接する仕事をしたくて流通業やサービス業勤務の末、40歳から福祉の仕事に就きましたので、遅いスタートでした。

認知症の人であっても、身体を動かし、心も動いてくるのが笑いヨガです。
このすばらしいものを地元富山で広めたいと思っています。2018年は200回、2019年は250回と、いろいろなところで笑いヨガのボランティアをやらせてもらいました。

2020年は、コロナ禍でほとんどできなくなりました。しかし、やり方を見直すきっかけにもなりました。すでに高齢者の福祉施設に笑いヨガで訪問する依頼はいただいています。笑いヨガは、他のボランティアより先に呼ばれていますが、やはり高齢者の皆様からのリクエストがあるからです。

笑いヨガは、高齢者の皆さんが身体を動かしていただくのに無理がなく、楽しいものです。だから、一度やるとまたやりたいと感じていただけます。そして、身体が動くと心も同時に動いているはずです。
だから、心待ちにしてくれているのでしょう。

私は、人と繋がりが持てる仕事が大好きです。そうなったのは、昨年(2019年)亡くなった母の影響が大きいのです。

2.母のこと

 母は大正14年生まれです。富山の空襲の日、焼夷弾の下を走って逃げ惑った経験をしています。戦争で、家も軍人だった許嫁も亡くしています。

戦後すぐ、東京に出て洋裁を学びました。

そして、富山に戻り、洒落た洋服を作ると大評判の洋裁店を起業して大成功します。

一時は10人もの縫子さんを使うほど、商売は大繁盛でした。
35歳で結婚し、姉と私が生まれましたが、夫は典型的な髪結いの亭主で、働かない、飲む、若い従業員に手を出すといったどうしようも無い人でした。

結局母が46歳、私が7歳のとき離婚をしてしまいます。
その頃は、母はもう指を使い過ぎて針が持てなくなり、流行も終わり、商売はうまくいかなくなっていました。
だから、私は小さい頃にすごく貧乏を経験しています。後から聞いたのですが、母は一時は心中も考えていたそうです。

生きるため、子どもたちを食べさせるために、水商売を始めます。
酒も飲まない、年齢も高い、サービス精神もない母にうまく行くはずがありません。
それでも、10年がんばっているうちに、何とか賃貸アパートを手に入れ、今度は不動産賃貸業をやります。

ちょうど時期がよかったようで、仕事は順調で、私も名古屋の大学に行かせてもらえることになりました。
ところが、母はバブル経済に飲み込まれ、土地ころがしに手を出してしまいます。
結局私は仕送りをしてもらうことができず、アルバイトと奨学金でなんとか大学を卒業できました。

母はさらに80歳になったとき、おでん屋を始めるのですが、さすがに客があまり来ず、半年で店を閉めることになりました。
その後も不動産賃貸業は続けていたのですが、91歳で転倒し骨折してしまいます。
そこで、やっと私に経営をバトンタッチするのです。

活発な母だったのですが、入院生活の中で脳梗塞になってしまいました。
私は介護福祉士ですので、結局在宅で私が介護をし、93歳355日で旅立ちました。

母の激しいアップダウンに付き合わされてきたので、お金がなくなる怖さをよく知っています。それと同時に、人との繋がりがどれほど大切なのかも、身に染みているのです。

 

3.笑いヨガとの出会いと活動

 先に述べたように40歳で介護の仕事を始めましたが、人生の最期は楽しくその人らしさが出るように、お手伝いできればと考えていました。だから、いろいろなレクリエーションに取り組もうとしていたのですが、限界を感じていました。

 そんなとき、富山の介護福祉士会で理学療法士の女性が講師を努める研修がありました。
その講師染谷明子さんが、4日間毎日20分間「笑いヨガ」をやったのです。
『大人の笑トレ』のモデルにもなっている方です。

 どうなんだろう?と思いましたが、とりあえず勤務先でやってみることにしました。私は10年間認知症の方の担当をしていました。

認知症の方というのは、とても率直で素直です。

純粋なのかも知れません。

効果がない、自分のためにならない、おもしろくないと感じたら、一瞬でそっぽを向きます。そこに忖度など一切ありません。

最初の日はお誘いしても1人しか参加してくれませんでした。
翌日も1人でしたが、数日後は5人になっていました。

皆さん楽しく身体を動かしてくれたのです。
そして、毎日続けていると、1年後には50人もの人がやってくれるようになりました。
認知症じゃない方も集まってくれたのです。

そこに、認知症の有無や障がいの程度は何の壁もなかったのです。

 施設にいらっしゃる高齢者の方は、何もしないとどんどん機能が落ちていくわけです。
しかし、良いものだと感じたら、自発的にいろいろやってくださいます。

笑いヨガには参加者が増えてきたので、本当にいいものだと確信し、自分もちゃんと笑いヨガを学び、ティーチャー資格も取得しました。
そして、富山での笑いヨガリーダー養成講座は、主催者の一員として協力し、ステップアップのための講座受講のため、東京にも通っていました。

 

4.これから

私は笑いヨガをして、笑顔になる人、元気になる人を見るのが本当に嬉しいのです。
不動産管理の仕事をするようになってからは、若干時間の余裕ができたこともあり、2018年200回、2019年250回の笑いヨガのセッションを届けてきました。

 約半数は無償で、残り半分はペイドボランティアです。

最初は、無償がいいと思っていました。私はお金で苦労したくないので、相手の施設職員さんが予算を獲得するのに苦労させない方がいいと考えたのです。

お金が介在しなくていいなら、そちらの方が受け入れられやすいでしょう。
しかし、定期的に訪問するようになると、きちんと予算を準備してくださる施設も増えてきました。

しかし、ずっとやっているとお金を払ってくださっている施設の方が、利用者さんを笑顔にすることに熱心なのです。

また、コロナ禍でもまた笑いヨガをやろうと動いてくださっているのは、全てお支払いをしてくださっている施設です。

こうしたことから、笑いヨガで本気で取り組んでくださるのは、価値を評価し、予算を準備してくださる施設であることが、わかってきました。

また、富山県にもたくさんの笑いヨガリーダーがいます。
彼らが笑いヨガをやる機会にお手伝いすることで、コツをつかんでくれて、その後は自分でやられる場合はいいのです。
しかし、初心者の方が、自分がやるより余西を呼んでやってもらえばいいと考える場合もあるということもわかりました。

私自身、趣味でマラソンをやっているのですが、苦しいときに笑顔を作るだけでも影響があるということを知っています。多くのリーダーに、笑いヨガの価値を、まずは自分のために使ってもらいたいと思っています。

自分自身が笑いヨガがやりたいですが、皆にも実践してもらいたいのです。

人と人との繋がりを作るのに、笑いヨガほど良いものはありません。
みんなで笑顔になれる方法を探っていきたいです。

身と心を健康にする笑いヨガで、人間関係も健康にします。それを伝えていきたいと思っています。

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