(笑い人)私を“脱皮”させてくれた笑いヨガ

 

宮崎で日本笑いヨガ協会の笑いヨガリーダー養成講座を協働開催している濱砂道世さん。

エアロビ・ヨガ・スポーツインストラクターとして活躍していましたが、変形性股関節症になり、身体に負担が少ない笑いヨガでに転向しました。

オンラインサロン笑い道の2020年9月のルナ会(月例定例会)で「笑いヨガで脱皮した」というお話を伺いました。
その一部をご紹介します。

 

1.おてんばな女の子だった!

 小さい頃は、体を動かすのが大好きなお転婆娘でした。弟と2人姉弟で母は女の子は女の子らしく育って欲しいと考えていましたが、怪我ばかりしてきて、お母さんに叱られていました。

 高校になってもスポーツが大好き。それしかはけ口がなかったのかも知れません。強豪校でもないのにがんばってがんばって部活を強烈に引っ張ろうとして、皆がついて来れず、キャプテンの自分が浮いてしまうという経験もしました。こうした経験から、自己否定の強い女の子になっていったかも知れません。

 

2.エアロビスタジオ経営、そして結婚

 父が倒れたことで、専門学校を辞め家業を継ぐのですが、結局廃業することになりOLになりました。そこで、ストレス解消に始めたダンスが楽しくて、週1の生きがいとなりました。エアロビクスの黎明期には、毎日通うようになりました。

そんなに好きならインストラクターになればと勧められ、資格を取得し、サラリーマンを辞めて自分でスタジオを始めました。

 

 夫はそこに通ってくる生徒の一人でした。なんと、プロポーズは母です!!
彼を気に入った母親が「うちの娘はあなたのことを気に入っているけど、あなたはどう思っているの」と言い出し、そこから交際が始まり結婚しました。

夫の転勤で、延岡から宮崎市内に引っ越し、エアロビクススタジオも手放すことになります。
母からは常に良き妻、良き母、良き娘であることを望まれ、言われ続けました。

宮崎市内に移ってからは、自分のスタジオを持つことはありませんでしたが、インストラクターを続ける中でエアロビクスだけではなく、アクアビクス、ヨガといろいろなことを学びました。

なかなか皆さん身体が思うように動かないので、どうしたら良いのか考えているうちに、結果的にいろいろ学ぶことになったのです。

 

3.笑いヨガに出会う

活発に身体を動かすのが大好きな私ですが、2009年頃から股関節が痛むようになりました。幼い頃、自営業だったので、活発に動き回る私は歩行器に入れて育てられました。ハイハイを十分していない子どもはなることがあるそうですが、大腿骨が、上手にジョイントできていない状態なのです。当時はそんなこと、誰も知りません。

これはいけないということで、コアコンディショニングというストレッチポールを使って深部筋肉をリラックスさせて、今ある体で一番効率の良い姿勢と動きをつくる方法を学びました。

それから、笑いヨガというものがあることを知り、こちらも2012年にリーダー資格、2013年にティーチャー資格を取得しました。

 足がどんどん痛くなってきて、激しい運動ができなくなったこともありましたが、生徒さんを見ていても、今までと違う方法が必要であることは、痛感していましたので、皆にとっていいと考えたのです。

 笑いヨガは、すぐにすばらしいものだと思いました。ところが、なかなかうまくいきません。
体験会の初回は25人も来たのに、徐々に人が減り、5-6人になってしまいました。

 リーダー養成講座を開催しても、人集めに苦労しました。日本笑いヨガ協会が地方で開催するときの最低開催人数は12人。
それすら集められず、どうしようかと頭を抱えていたとき、全く興味がなかった夫が「自分が受講しようか」と言ってくれました。
この時ほど、彼と結婚して良かったと思ったことはありません。

 苦労しながらでしたが、笑いヨガでも講師としてあちこちに呼ばれるようになり、仕事になってきた頃にはリーダー養成講座にも、人が集まるようになりました。

 

4.股関節の手術

 ところが、私の変形性股関節症は、どんどん悪くなるばかりです。
笑いヨガとコアコンディショニング以外の仕事はできなくなっていきました。

笑いヨガは、リーダー養成講座でリーダー資格を取った方たちが、手伝ってくれることもあり、ついに手術の決心をしました。

手術により、股関節痛は無くなりました。しかし、バランスが変わったことで、足首が痛くなったり他に不調が出たりすることもありますが、やはり手術前と違ってたいへん快適に身体を動かせるようになりました。

 笑いヨガの高田先生から「もっと早く手術をすればよかったと思う?」と聞かれたことがあります。
考えたこともありませんでしたが、私は自分にとって、一番ベストのタイミングで手術をしたと思います。

「自分が精いっぱい人のためにがんばる」ということしかやってこなかった自分が、人に頼ったり、任せたり、できないと言えるようになったのです。笑いヨガリーダーたちに、お任せできる自分になった、笑いヨガのおかげでこれまでの自分から「脱皮できた」と思いました。

股関節痛そのものは、早く治療していれば、早く痛みは取れたかも知れませんが、人生で大切な「人を信頼して頼る」ということができるようになるのは、本当に自分の身体が動かなるタイミング迄がまんしたのが良かったのだと思います。

 

5.脱皮の助けとなった笑いヨガ

もうひとつ、大きな脱皮があります。それは、母との関係が変わったのです。

父が他界してからは、ずっと同居しています。

子どもの頃から母に反抗したことは一度もなく、それが母の自慢でもありました。
良い娘でいることに、全力を尽くしてきました。

今ももちろん、年老いた母に反抗したり悪い娘になったわけではありません。
しかし、「自分を認めてもらわないといけない」という気持ちが、笑いヨガを続けてきたおかげでいつの間にかなくなっていました。

あるがままの自分で、あるがままの母に接することができるようになったのです。

東京迄毎月笑いヨガの講師塾に通ったりして、そのたびに母に気をつかいながらも何とか理解してもらおうとしていました。
しかし、今は自然に行動できるようになり、東京に行ってがんばらなくても、学び方はたくさんあることが、わかってきました。

 

6.オンラインで宮崎の人と笑いたい

 今、笑いヨガのような楽しい、嬉しいと思える仕事があります。
この仕事は、人にも楽しい、嬉しいと思ってもらえます。
定期的に笑いヨガを提供してお金をいただけるのが、とても幸せです。

この幸せな仕事をできる人たちを、宮崎で増やしていきたいと思っています。

今はコロナ禍で、笑いヨガリーダー養成講座は2020年は中止せざるをえませんでしたが、オンラインも活用しながら、仲間を増やし、笑って元気に生きる人を増やしていきたいです。

1 個のコメント

  • 濱砂先生❣️感動の歩み拝読させて頂きました。
    出会うべきしての、出逢いだったんですねネ
    ご自身の事、ご家族との関係、これ迄に関われた方々を裏切ること無く持ち前の「笑顔」と優しい笑顔と、人当たりの良さが、私が大好きな点です。長年人に関わる仕事をする中、イオン朝日スポーツセンターで出会いから笑いヨガの会場に至り一度たりとも「不快な思い」をさせない方、集うすべての方達が同類である事
    改めて凄い仲間になれたことに感謝いたしております。
    人様を大切にされる事、学びました。人柄なんですね
    これからもずっと仲良くさせてくださいませ‍♀️

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